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光る君へ:直秀の正体は何者?モデルは?

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NHK大河ドラマ『光る君へ』に登場するキャラクター、直秀(なおひで)は、物語の中で重要な役割を果たすキャラクターです。

多くの謎に包まれている直秀に対し、「正体は何者?」「モデルは誰?」と様々な憶測があがっています。

今回の記事では、光る君へ:直秀の正体は何者?モデルは?について詳しく探ってみましょう。

目次

光る君へ:直秀は何者?俳優

NHK大河ドラマ『光る君へ』で直秀を演じた俳優は、毎熊克哉さんです。

氏名: 毎熊 克哉(まいぐま かつや)
生年月日: 1987年3月28日
出身地: 広島県福山市
身長: 180cm
血液型: A型
職業: 俳優
所属事務所: 株式会社アルファエージェンシー
経歴

毎熊克哉さんは、広島県福山市出身の俳優で、180cmの長身と端正なルックスを持ち合わせています。

高校卒業後、映画制作を学ぶために上京し、専門学校で映画制作を学ばれたそうです。

その後、俳優としてのキャリアをスタートさせ、舞台や映画、テレビドラマなど多岐にわたる作品に出演しています。

主な出演作品

映画
『ケンとカズ』(2016年) – 主演・ケン役
『万引き家族』(2018年) – 北条保役
『止められるか、俺たちを』(2018年) – 足立正生役
『愛がなんだ』(2019年) – 葛西真治役
『アルキメデスの大戦』(2019年) – 田中正二郎役

テレビドラマ
NHK連続テレビ小説『まんぷく』(2018年) – 岡幸助役
NHK大河ドラマ『どうする家康』(2023年) – 大岡弥四郎役
NHK大河ドラマ『光る君へ』(2024年) – 直秀役
『光る君へ』での役柄

毎熊さんの演技は、多くの視聴者や評論家から高く評価されています。特に、『光る君へ』での直秀役では、その謎めいた存在感と深みのある演技が話題となりました。

視聴者からは、「直秀のキャラクターが魅力的」「毎熊さんの演技に引き込まれる」といった声が多く寄せられています。

インタビューからのコメント

毎熊さんは、直秀というキャラクターについて、「世の中を俯瞰で見ている人物」と語られており、また、まひろと道長に対する思いについては、「単純に2人のことを好きなんだと思う」と述べ、演じる上でのキャラクター解釈を明かされていました。

光る君へ:直秀は何者?

NHK大河ドラマ『光る君へ』は、紫式部を主人公とした平安時代を舞台にした物語です。

このドラマには、「直秀(なおひで)」という人物が登場し、重要な役割を果たしています。

直秀の言動や存在は、主人公のまひろ(紫式部)や藤原道長をはじめとする登場人物たちに大きな影響を与えるため、正体やモデルとなった人物に注目が集まっています。

直秀のキャラクター設定は以下の通りです。

表の顔は散楽の芸人!


直秀は散楽(さんがく)と呼ばれる平安時代の大道芸の一員として登場します。

散楽は、風刺劇や曲芸を通じて社会や政治を批判する芸能で、当時の庶民から支持を集めていました。

直秀もまた、自由奔放な言動で観客を楽しませる一方、彼の語る物語の中には、平安時代の不平等な社会への鋭い批判が込められています。

裏の顔は義賊だった?!

物語が進むにつれて、直秀が単なる芸人ではなく、義賊としての顔を持つことが明らかになります。

貴族の屋敷に忍び込んで金品を盗み、それを貧しい人々に分け与える「現代のロビンフッド」のような存在です。

この行動は、社会の不平等や矛盾に対する抵抗で、生き様を象徴しているといえそうです。

光る君へ:直秀の正体は?モデルは誰?

直秀はフィクションのキャラクターですが、そのキャラクター造形には、平安時代の史実や伝承が影響していると考えられます。

具体的に直秀のモデルとなった可能性のある人物や、影響を与えた文化的背景について調査しました。

袴垂保輔説が有力!!

平安時代末期、『今昔物語集』に登場する盗賊・袴垂保輔は、直秀のモデルとして注目される人物の一人です。

袴垂保輔は、力強く大胆な盗賊として知られ、彼の行動は単なる犯罪ではなく、当時の貴族社会への挑戦とも捉えられる側面があります。

袴垂保輔は、仲間を率いて貴族の屋敷を襲撃し、金品を略奪することで名を馳せました。

盗んだ品々を分配する際に公正さを重んじる姿勢を見せ、庶民からは一種の英雄視をされていました。

このような行動が、ドラマ内で直秀が見せる義賊的な一面と共通しており、袴垂保輔が庶民の希望を体現する存在であったことが、直秀のキャラクター造形に影響を与えた可能性があります。

尚、袴垂保輔は最終的に官軍に捕らえられ、処刑されました。

義賊でありながら、時代に抗えなかった彼の生き様は、現代でも物語として語り継がれており、その最期の潔さもまた、直秀の結末に重なる部分があります。

藤原純友説もある!

藤原純友は、平安時代中期に起きた「承平天慶の乱」の首謀者の一人として知られています。

貴族でありながら海賊となり、朝廷に反旗を翻した人物で、彼の反骨精神は直秀のキャラクターに影響を与えていると考えられます。

藤原純友は地方に左遷された後、現地で海賊の頭領となり、西日本一帯で略奪を行いました。

藤原純友の行動は、中央集権的な貴族社会に対する反抗として捉えられています。

藤原純友の反乱は、地方の貧困や朝廷の政治的腐敗を象徴する事件として記録されており、直秀のように、「社会への抗議者」として描かれるキャラクターが、純友のイメージを反映している可能性があります。

弥五郎説も??

弥五郎は、平安時代から鎌倉時代にかけての伝承に登場する義賊で、九州地方を中心に活動したとされています。

直秀の「庶民のために貴族の財産を奪う」という行動は、この弥五郎伝説とも類似点があります。

弥五郎は、地域の人々に慕われる正義の盗賊として語り継がれており、貧しい農民や町人に金品を分け与え、その影響力を広げていきました。

弥五郎の行動理念や民衆からの支持を受ける姿勢は、直秀が物語内で貴族社会に反発しながらも、庶民の味方として行動する点に重なる部分があります。

名もなき登場人物説!!!

日本の古典文学や伝承には、義賊が頻繁に登場します。

例えば、『宇治拾遺物語』や『平家物語』に描かれる庶民的英雄像が直秀のキャラクター造形に影響を与えている可能性があります。

『宇治拾遺物語』には、貴族から財産を奪い取る盗賊たちの物語が収録されていますし、『平家物語』には、平氏に抵抗する反逆者や庶民的英雄の物語が登場します。

これらのキャラクターをうまく取り入れ、誕生した人物こそが、『光る君へ』に登場する直秀だったのかもしれません。

まとめ

直秀の「表の顔」である散楽師は、平安時代の芸能文化を象徴する存在です。

散楽師自体は、特定の歴史的人物ではなく、平安時代の文化的潮流に基づいて創造されたものです。

しかし、散楽師が庶民の娯楽である一方で、風刺や批判を通じて社会に影響を与える役割を果たしていた点は見逃せません。

散楽は、平安時代には庶民に広く浸透していました。

演目の中には貴族を揶揄するものもあり、社会的な矛盾を浮き彫りにする手法が用いられていました。

直秀は散楽師としての顔を持ちながら、その背後で義賊として行動します。

この二面性は、散楽そのものが持つ「社会への批判」と「庶民の支持」という特性を体現していると言えそうです。

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